あらきけいすけの業務日誌(?研究日誌になってない…) 過去の記述に手を加えることもある。 (現在の日誌)
検索エンジン経由のお客様へ。 検索のキーワードが先月(2004年9月)の日誌に移っていることがあります。

Microsoft社のパッチのリスト マイクロソフト セキュリティ情報一覧
AVERTウイルス駆除ツール stinger.exe  Sasser ワームおよび亜種の駆除ツール
TODO's
11月27日(土)ころ 予備審査委員会(2回目)
「架空請求」に御注意ください!!の後半部分に「小額訴訟」を用いた架空請求について書かれています。
2004.10.31(日) 前日 当日 翌日 コメントする
  • 神無月行く。 イラクでのテロの犠牲者が出たとのメディア報道に接する。 たしかに神がいないのではないかと感じさせるニュースだ。

    このニュースを聞いていて非常に気になったことがある。

    数日前に見つかった射殺体は誰なんだ? 身元の調査はなされているのか? このままではこのアジア系の人は、 おそらくは故郷を遠く離れた異国の地で、 無縁仏になってしまうのではないか?

    その人が今回、殺害された青年とは別人という報道に接して、 傍らに殺された人がいることを知っているにも関わらず、 我々はホッと胸をなでおろすような感覚になりはしなかったか? そして「別人だった」という報道以降、 (少なくともテレビ・メディアでは) この人について全く何も報じないのはなぜなんだ?

    生死が「テレビで流れる生死」とは別物だということを忘れそうになって怖い。 今回の報道を通じて、 二人のアジア系の人の犠牲が確認されたことを忘れないようにしよう。 4.13に似たようなことを書いたことを思い出した。

  • [scrap] NHKはいったい何がしたかったのか[高木浩光@茨城県つくば市 の日記]
    NHKの安否情報を元にオレオレ詐欺をはたらいた者が出たそうだ。 これはNHKが一番悪い。 信頼できない。 こんな理由で「地震に来て欲しくない」なんて考えたくも無いのだが事実だ。
  • そろそろ賭けに参加しよう、 ブッシュの再選に一口。
    あと4年は愚者の王が私利私欲のために世界をかき回すのだろう。
2004.10.30(土) 前日 当日 翌日 コメントする
  • 昨夜、義妹夫婦が訪ねてきてくれた。 みなで焼肉を食いに行く。 おとうとくんは松江で開かれた学会を済ませたあとだそうだ。

    今朝、奥さんを病院に連れて行く。 定期の妊婦検診である。 エコー図をリアルタイムで見せてもらう。 心臓の鼓動が見えた。 妊娠週数相当の育ち方をしていると聞いて安心する。

    エコー図は文字通り「スケルトン」な映り方をする。 骨格の部分がよく映るのである。 「表情」の部分は頭蓋骨のエコーが映っている。 奥さんは「かわいい、かわいい」を連発した。

    奥さんの証言によれば、胎動を感じるとき、 蹴っ飛ばす位置が毎回変わるそうである(あと1週ほどで6ヶ月目が満ちる)。 姿勢が日に何度も変わるそうだ。 それが「普通」なのか「落ち着きが無い」「活動的な」のかはよく分からない。

  • [覚書] 夕方より学生のプレゼンテーションの指導。 内輪の「ユニバーサルデザイン」研究の発表会(セミナー)の準備である。

    今回のプレゼン(学生二人の共同作業)は、まず「読み上げ原稿」を作成し、 そのラインに沿って PowerPoint 資料を整備するという方法で作成する。

    学生の作成した「読み上げ原稿」をダブルスペースで打ち出させる。 それをボクが読み上げて、作りかけの PowerPoint 資料を流してみる。 ……ひどい……(ToT)。 プレゼンのポイントとして 「〈画面〉と〈音声〉の不一致をなるべく避ける」 という〈原則〉を指導する。

    学生の作成したダブルスペース出力の「読み上げ原稿」を、 鋏を持ち出して 段落ごとに実際に「カット」して、 その小片にサブタイトルを付けさせていく。 同時に段落ごとに、文を吟味して、なるべく単文へと解体していく。 その際に「基本は単文、複文は条件文を抱える場合のみ」という〈原則〉を指導。

    カットした材料を眺めつつ、学校の国語の問題でやったような 「文章整序問題」(「次の文(1)〜(6)を正しい順番に並べなさい」って奴ね) の要領で、 組み立てを考え直させる。 すると、いくつかの「感想」が一箇所にまとめられることに気づく。

    さらに大きな段落の単位で、 内容の対比、 対応が付いているかどうかをチェックさせ、 不足している分リストアップさせ、 それらについて考察させる。

    …この辺で休憩に入って、ウェブを見ていたら(svslabの)鈴木さんの日記に、 教育システム情報学会シンポジウムに行ってきたというエントリを発見。 その中に

    日本の学校教育ではどうも多くの現場で「論理的な文章の読み方・書き方」のルールを明文化しているように思えない.

    とあったのだが、 「ルールの明文化」もそうだが、 「ルールを伝授するための授業のノウハウ」が無い方が大きいのではないか、 という感想を抱く。

    再開。 PowerPoint に乗せた写真を見ながら、 写真には多種多様なものが同時に映っているものなので、 「どこに注目しながら」写真を見なくてはならないのか、 言い換えると写真で示したい「話の焦点」がどこにあるのか、 単に写真を見せただけでは絶対に分からない。 したがって、注目すべき部分に丸囲みをアニメで被せるなどして、 注目すべき場所を指示しないと、 話は伝わらない。 一般には沢山のものが映りこんだ写真は何も語らない。 …という〈原則〉を教える。

    こんな作業を40人クラスでやれといわれたら、泣くだろう。

  • [scraps] ものの見方に関するメモ。 ひとくくりにするための言葉として「マイノリティ」を思い浮かべるのだが、 それをやると肝心なものを見失う気がする。
    • sociologbook2004.10.30
      「戦術的アイデンティティ」の話。
    • Freezing Point 2004.10.29
      sociologbook 経由で久々にこの人の日記を見る。 以前は生硬だった思想表現が、 しだいしだいに自分の言葉として結晶化しつつあるようにも思われる。
2004.10.29(金) 前日 当日 翌日 コメントする
  • [授業(第6週)] シミュレーション設計学II (第5回)
    可制御性の定義、判定法について。 C言語の「=」の意味、数列の和の取り方について少々。
  • [scrap] ロゲルギストならば、このネタをどう「料理」するだろうか?
    シロップの中で泳ぐことは水中と同じくらい容易です [今日のNature]
    こんな実験をやる人がいたのね。でも「鼻水」って…(^^;

    増粘によって粘性がどれくらい変化したのか書いてないのでなんとも言えない。 「水の2倍の粘りけ(twice as thick as water)」と書いてある。 (←読み落としていた。アホである。10.30) 素人考えでは水の粘り気を倍にすれば、摩擦も倍になるはずだ。 しかし、水泳に対して粘性の変化が極端な影響を与えていないようだ。 なぜだろうか?

    まず「およぎのしくみ」を物理の用語で考えてみよう。
    人が前向きの運動量を持っているから、 流体にはそれを補償するだけの後ろ向きの運動量があるはずだ。 では、流体に後ろ向きの運動量を与える機構は何か? 手足が水を掻くことによって渦を発生させることだ。 渦が後ろに流れていくことで運動量を運んでいく。 (水泳の上手下手というものは、この渦を作る要領と、 要領良く渦を作り続けるためのスタミナで決まるのであろう。)

    ではその渦の大きさと強度はどこで決まっているのか? おそらくは「腕の太さ」と「腕の速度」であろう。 では粘性の変化は何処に効くのか? まず「腕の速度」および「腕が作った渦の寿命」であろう。 「腕の速度」は増粘で減速されそうだが、 あまり変化が無かったという実験結果に鑑みて、 粘性が良く効くはずの境界層に極端な変化が無い、 あるいは境界層の効果は水泳全体では瑣末なものなのだろう。 (もちろん「コンマ何秒」の世界では違いが出るので、 「鮫肌水着」みたいなものが開発されるのだが。) 「渦」の寿命の方だが、 層流でも乱流でも「大きなサイズの」渦は、 粘性がさほど効かず、 割と寿命が長いという傾向がある。 腕の作った渦のサイズが、粘性のあまり効かないスケールだったのではないか?

    想像は好き勝手に出来るが、面白くない。 書いていて、興が冷めてしまった。 すっきりしないからである(^^;;;

    文意から気になった訳語:「形式抗力(form drag)」=>「形状抵抗」; 「身体によって作り出された前面領域(the frontal area presented by a body)」=>「進行方向から見た身体の面積」。

    文章になかったので気になること: 水泳は水面で行うものなので、 「造波抵抗」の影響も少なからずあるのではないかと思う。

  • サイエンス・ライター養成ネタが喧しい。が…

    リーマン「ジャーナリスト」倫理+知性特訓〈虎の穴〉の設立が先決ではないか? 言うまでも無く「リーマン」は 「(大手マス・メディアの)サラリーマン」 の蔑称のつもりで書いた。

    たとえば地震報道で犠牲者の親族、 知り合いのコメントを無神経に垂れ流し続けたり (これは報道される量の何十倍もの量の「無神経な取材」の存在を示唆している)、 それ以上に、たとえば天漢日乗の記載によれば、 「マスコミが被災者の必要としている物資を買い占めている」という話もある。

    このブログに引用された書き込みを僕も引用しよう:

    最後に
    マスコミ各社に対して
    貴方たちは阪神の教訓は無いのですか?被災者より優先ですか?
    被災者のふりをしてまで食料が欲しいのですか?
    助け合う気持ちが無いのなら現地に来るな!

    この書き込みにみられるような印象を与えた事例があることは確かなのだろう。

2004.10.28(木) 前日 当日 翌日 コメントする
  • 寒い朝。 AMeDASは午前6時の千屋の気温が0度であることを告げる。
  • 例のゴ○ゴルをgoogle検索すると そろそろ予想通りの線に順位が収まってきたかなという感じ。 1, 2位なんかよりも表示してもらえる最後尾のページを見るほうが面白い。
  • 来年のスケジュールの試案が出た。
  • [覚え] 昨夜、ふと思い立って本棚を探る。 学部生だった時代に、 Kritik とか critique とか critical という言葉が日本語では「吟味する」に近い意味を持つこと、 「批判的に」考えることは何かについて初めて学んだ文章を探した。
    「批判」とはどういう意味なのかということである。(中略) 我々は、この言葉が述べられる場合には、すぐに、そしてなかんずく、 何か否定的なことを聞き取ることに慣れている。批判とは我々にとって、 とがめることであり、誤りを後から数え上げること、 不十分なことを明らかに示すことであり、また、しかるべき拒絶である。 我々は、『純粋理性批判』という表題を挙げる場合に、 こうした通常の的外れの意味づけは、はじめから遠ざけておかなければならない。 それはまた、この語のもとの意味にも対応していないのである。 「批判(クリティーク)」とは、ギリシア語のクリネイン(κρινειν)に由来し、 これは、「分離すること」、「分け隔てること」、したがって、 「特殊なものを引き立たせること」を意味するのである。だが、 他のものに対して際立たせるという、このことの源泉は、 新たな水準に引き上げるということにある。 「批判」という語のこの意味は否定的どころではなく、それは、 肯定的なものの最も肯定的なものを意味する。 すなわち、それは、定立するあらゆる場合に、 規定し決定するものとしてあらかじめ定められていなければならないものを定立する、 ということを意味する。 こうして批判とは、この定立的な意味における決定なのである。 この後で初めて、---つまり、批判はまた、特殊なもの、並外れたもの、および、 同時に指導的なものを分け隔て、引き立たせることであるが故に、--- ありきたりのものや、ふさわしくないものの拒絶ともなるのである。
    ハイデッガー『物への問い』(全集 第41巻, 創文社, p.131-132)
    『純粋理性批判』ではなく『純粋理性の吟味』と訳した方がカントの意に沿うのではないか。 講義録ではこの直後に吟味の意味での『批判』という語の用い方が、 18世紀後半くらいからの主に美学のトレンドに沿ったものだという薀蓄が続く。
2004.10.27(水) 前日 当日 翌日 コメントする
  • ここ1年以上、フライトしていない。飛びたい。 でも、このブランクの開いた状態では、 「パイロット証クラス・オープン」の状態で飛ぶのは無理だろう。

    今日は寒かった。急に寒くなった感じだ。
    サーマルが厳しくなる時期なのかなあ。 熱対流の「強度」は気温ではなく気温差(レイリー数)で決まる。 初春と晩秋の「小春日和」っぽい日はサーマルが荒れる。

    飛び方わすれてるんだろうなぁ。

  • [授業(第5週)] 福祉システム工学セミナー(前半第4回)
    「=」の意味を説明したり、printf()の呪文の唱え方を説明したり、ぼちぼち。 次回は制御構造を解説の予定。
  • 10:40頃にM6.0の地震があったそうだ。「余」震というべきなのか?
    一体、どれだけのひずみのエネルギーを蓄えているんだろう。 一気に解放しなかっただけましだったと考えるべきなのだろうか?

    今回の震災は、道がズタズタになることが問題を大きくしている。 神戸が大都市で道路や路地が山のようにあったことと対照的。

    一方で、台風の後片付けも大変そうである。

2004.10.26(火) 前日 当日 翌日 コメントする
  • [授業(第5週)] 福祉システム工学実験II (第5回)引っ張り試験
  • そぼ降る雨。寒い。クルマの保険の更新にディーラーのところへ行く。 JAFの更新もついでにコンビニで済ます。
  • 講義録の起こしを繋いで打ち出してみる。 およそ5万5千字、52ページになった。 次は講義時に配布した資料との突合せ。
  • [追悼] とあるMLで流れた「散歩道」からの引用。
    人間が死ぬ瞬間に、魂が泡のように空気中を昇天していくものとしよう。 (6)の公式で考えると、αは正 --- 昇天するから --- だし、 実験によれば軽くなると言うのだから凾vは負でなければならない。 それでm<M0が必要だ。 つまり魂は空気より密度が小さい。これはいかにももっともらしい結論だね。
    (中略)
    いや、待てよ。魂はかならずしも昇天するとは限らない。 もし地獄に落ちるとすれば、αは負になるから、m>M0なら、 凾vは負になる。 息をひきとった瞬間に軽くなるという実験結果に一致するわけだ。 このばあい、魂のおもさmは空気のおもさM0に比べて、 どれだけ重くてもよいから、 地獄の鬼が猛烈な勢いで魂をひっぱりおろす必要もない。そうすると、 魂が自分の重みで地獄におちていくとしても、実験結果が説明されるわけだね。
    『続物理の散歩道』「泡の目方」
    (6)の公式とは 凾v=(m−M0)α である、、、と文字列を書いても意味が無いので、解説。 はかりに乗せたポットのお湯の中をあぶくが上昇するところを想像しよう (概念図, gif 10KB)。 あぶくが加速度αで加速しながら上昇するとき、 はかりで測ったポットの目方は凾vだけビミョーに軽くなる、 というお話。
2004.10.25(月) 前日 当日 翌日 コメントする
  • [授業(第5週)] 定例卒研報告会。

    福祉システム工学演習(第5回)
    先週解説をし損ねた、連立一次方程式の解説。 先週の宿題の解説。

  • 今井功先生の訃報が届く。
  • 昨日の岡山県知事選挙、投票率は37.99%(前回44・71%)。
  • 台風24号が東にドリフトし始めた。
2004.10.24(日) 前日 当日 翌日 コメントする
  • 昼前に知事選挙に行く。 ぼくは白票を投じた。 特定の支持理由も何も無く選択に迷ったときはこうしている。
  • [UD?] ユーザー・インターフェースの使いやすさは、 「初見」と「2回目以降」には極端な差が出ると常々感じているのだが、その手の事項の研究というのはあるのだろうか? (ひょっとするとこの区別は既に業界の常識なのであろうか?>SUZUKI@svslabさま)

    例えば、近所のファミレスには「ドリンクバー」という セルフサービス・コーナーがあるのだが、 そこにあるコーヒー・メーカーの操作で迷う人がそれなりにいる。 ぼーっと観察しているだけなので、統計をとってるわけじゃない。 操作に迷っている人がいると、ボクは時々お節介を焼く。 「宜しいですか?」などと言いつつ、 彼らの前に「割り込んで」、 先に自分のコーヒーを作るのだ。 ボクの動作が彼らへのインストラクションになる。 といっても「カップを定位置に置く」「ボタンを1回押す」だけである。 そして、この操作の敷居が初見時だけは高い。 (2度目以降もオロオロしてしまう例は、 観察例が少ないせいかもしれないが、 見たことがない。)

    未知、未経験の「からくり」に対し、「最初の操作」が一番、敷居が高い。 これは家電製品、ウェブ・アクセス以外にもいろいろあるだろう。

    多分、ユーザビリティ、アクセシビリティの考察は、 「1回目」の操作と「2回目以降」の操作を区別して考えるべきなのであろう。 「2回目以降」に対する迷いにくさや誤操作時の許容性が大切なのかも、とも思う。

    「1回目」には何かのインストラクションが必要だろう。 もちろん書くべき/なすべきインストラクションの量が少なくなるような、 ユーザビリティの工夫は必要だろう。

    これらを考察する際に考察する人にとって厄介なのは、 一旦、 「正解(ここの例ではコーヒー・メーカーの操作)」を覚えると、 何が「ほんとうの」敷居になっていたのかをすっかり忘れることではないか。 「正解」を知ると、 正解を知る以前の「答えを模索しているとき」に考えていたはずの 「試行のオプション」を一切忘れてしまい、 オプションの選択の際の「迷い」の状況を内省的に再現できなくなっている 、、、という面が大きいのではないか。

  • 4元ポテンシャルで突っ切る電磁気学の「教程」ってどんなものになるんだろう。 ワクワク。 慣性系間の変換に対するコンシステンシーから、 ローレンツ変換を導くという話になるのだろうが、 どんな例を出して説明が始まるのだろう。
  • 本物使って「1812」を演奏するらしい。
2004.10.23(土) 前日 当日 翌日 コメントする
  • [work] 予備審査委員会
    沸騰現象というのは難しい対象だな。
  • PCのメンテ2件の予定
2004.10.22(金) 前日 当日 翌日 コメントする
  • [授業(第5週)] シミュレーション設計学II (第4回)
    線形常微分方程式 dx/dt = A x の解が x(t) = exp( t A ) x(0) であることを説明し、 行列 {{4,-1},{2,1}} のn乗を具体的に計算する。
  • 台風の爪あと。 直径50cmくらいの杉の木が根元からバッキリ 場所はこの辺。 登校途中にて。
  • [scraps]
  • サイエンス・ライター養成ネタが喧しい。
    ライターが「ジャーナリスト」という意味ならば、例えば、鈴木さんの「うーん、育ててもいいけど、よっぽどの人じゃないと職がないよ。育ててどうするんだろう。」2003.7.25と、最上さんの「日本でサイエンスライターが量、質ともにいまいちなのは日本で科学雑誌が充分に成功してないせいだと思う」2004.10.20の意見に同じ。同じ事を書く気も起きない。だから書かなかった。

    しかし、昨晩のニュースを見て気が変わった。

    風水害の被害を受けた自治体の防災担当者のインタビューの中に 「台風の暴風圏が被っていないので、避難勧告・命令を出すのを躊躇した云々」 の発言があった。 経験が無いところで「命令」を出すのは躊躇するものだ。 それは同情できる。 しかし、 水害は「そのとき、その場の、台風の位置と勢力」では決まらない。 その地域、そこに流れ込む水系の流域の直近数日間の積算雨量で決まる。 今回の23号では台風の上陸以前に、 台風が秋雨前線を刺激したことによる大雨が始まっていた。 酷な言い方だが「知識」とそれに基づく「警戒心」が足りない。 それは「担当者」だけでなく「住民」もそうだ。

    サイエンス・ライターは必要だ。 それは商業誌のようなジャーナリズムのレベルではなく、 例えば 「防災マニュアル・ライター」 「アドバイザー、スーパーバイザー」 のようなものではないか。 乱暴な言い方だが、 自然に関する知識、 技術に関する情報をユニバーサルデザイン化し、 (大雑把でもよいから)各人の予備知識として植え付けたり、 行動を促したりするような人である。 その人が伝える知識には「最新・最先端のもの」は余り必要ではない。 蓄積された知恵をきちんと伝達することが大切である。 (ジャーナリズムが新奇性を追う傾向があることは、 この点とは相容れにくい側面もあろうかと思う。) はっきりいって社会的に必要だが儲からない職種だろう。

    ではどこに棲息するのか。 各地域の学校にスクール・カウンセラーがいるように、 「スクール・サイエンティスト」がいても良いのではないか。 その人は日頃、こどもに理科、算数を教えるだけでなく、 いざというときに地域の「ものしり博士」として機能するような、 そんな感じ。 昔のお寺の和尚さんとか寺子屋の先生は、 ボクの勝手な思い込みかもしれないが、 地域の「知恵袋」兼カウンセラーとして機能していたのではないか。 そんな人を「飼っておける」場所として「学校」「役場」を使えないか。

    以上、「単なる思いつき」を述べた。 ライター養成のような事業は必要であろう。 知識の積み重ねと知識の伝達のトレーニングが行われるであろうから。

    [蛇足] 自然災害の犠牲者は大半が「年寄り」だということも忘れてはいけない。 そしてこれからの数十年の高齢社会の進行は、 核家族の形成に関わってきた人々が「知恵の無い年寄り」と化していく過程だ、 という側面も忘れてはいけないだろう。 「年寄りの知恵」は団塊の世代が完全に高齢者になったときに死語になるだろう。 「団塊」以降の世代の役割の一つに、 彼らが伝えることを怠った「知恵」を再発見することがあるかもしれない。

2004.10.21(木) 前日 当日 翌日 コメントする
  • 台風一過の良い天気。 雲は北から南へと足早に流れる。
  • [ギプス暦367日] 去年の今日は「ギプス暦」のカウント開始日であった。 この日の[省察]はいいこと書いているなあ(おいおい)。 ギプスをはめたおかげで「足を怪我すると、手が不自由になる」ということを知った。
  • 午前は「UDII」テープ起こし関連の作業をした、 9人で分担した3時間程度の第1回の講義の起こしで5万字程度の量になった。 第2回の分担を決めた。
  • 午後はPCの再インストールに手間を食った。
2004.10.20(水) 前日 当日 翌日 コメントする
  • [6:40] tenki.jp で警報、注意報をチェックする。 6時19分、岡山県岡山地域に大雨、洪水、暴風、波浪警報が発令されていた。 本日の休講が自動的に決定。 臨時休講の条件。 (補講の日付とかそのうち連絡されるだろう。)
  • 台風のため臨時休講。 ボクは日頃は徒歩通勤なので、台風を避けて、午前中は自宅で 『ユニバーサルデザインII』の講義のテープ起こし(の一部)をやっていた。 そこに「学科会議を予定通りにします」という電話が入ったので、 強い風雨の中、クルマで大学に上がった。 会議の好きな人というのはいるものだ。
  • テープ起こしというのは存外大変なもので、 12分程度のしゃべりを起こすのに2時間程度かかってしまった。 慣れとか要領とかあるのであろうか? 「プロ」はどうやっているのだろう?
  • [16:00] 会議が済んだのでそそくさと帰る。 ひどい風雨。 用水路の水位が上がっていて、 道路がわずかに水をかぶっていた。
  • [20:00] ようやく強い風も収まりつつあるようだ。 静かになった。
  • 岡山県の奈義町には広戸風(ひろとかぜ)と呼ばれる有名な局地風がある。 鳥取の方から吹いた風がV字の地形(Yahoo map)に沿って収束して暴風になる現象である。 今回は吹いたのだろうか?(10.22追記:吹いたそうだ。 屋根をはがされた勝央町の建物の映像が昨日のニュースに出ていた。)
2004.10.19(火) 前日 当日 翌日 コメントする
  • [授業(第4週)] 福祉システム工学実験II (第4回)データ整理
  • [finalvent氏のはてなの方のブログ]
    スーダンの危機的状況についてのジャーナリストからの報告が興味深いので、 時系列を追う形でスクラップしておく。
    スーダン・ダルフール危機=白戸圭一(ヨハネスブルク)
    2004-10-17のコメント欄
    2004-10-18のコメント欄
  • FDD3台を修理に出す。学生の質問(簡単なコードをCで作成すること)に付き合う。
    invalid system disk の表示の出るPC1台。_| ̄|○
    FDDのうち2台は「動作する」との報告が早速来た。
  • ボクのいる学科では『ユニバーサルデザインII』という講義で、 企業の人を呼んで話をしてもらっている。 先日、特許に話が及んで、福祉、介護、UDの場面で、 優れた技術やアイディアが「特許」になってしまい、 普及が妨げられるという話になった。 普及のために「他社に先駆けて特許を取ってしまい公開してしまう」という 〈作戦〉を取ることがあるそうだ。 特許を「独占させないために使う」というアイディアに感心してしまった。
  • [ヨタ] 今朝5時現在で「非常に大きく」「強い」台風23号が近づいている。 明日の講義がまた吹き飛ばされるのであろうか(ToT) 神vsブッシュと同様、 われわれが徳の無い為政者を戴いているので、 善良な日本人の無意識の怨念に祟られているのではないか:−P
  • [ 省察 ] 「理論的思考」と「ノウハウ的な知」の対比を考えながら 先日の「からくり」と「九字」の差を考えてみようとしたが、 「理論」を実践的場面に応用するのも「ノウハウ」の一つのような気がしてきて、 結局、考えがまとまらなかった。
2004.10.18(月) 前日 当日 翌日 コメントする
  • [授業(第4週)] 定例卒研報告会。

    福祉システム工学演習(第4回)
    恒例の「連立一次方程式の解法」の講義に突入。 4元の4個の連立一次方程式を解かせて、 行列が正則な場合と特異な場合の違いを思い知らせる。 高校までの数学では(たとえ旧々課程、旧々々課程であっても)、

    行列が特異な場合に「解が不定」「不能」のような、 イイカゲンな表現で「核空間」の存在を誤魔化してしまう

    傾向があるので、 それを再教育する必要があるのだ。 しかも、大学の線形代数の教科書は、どんなに「やさしく学べる」とうたおうと、 このへんの「高大の繋ぎ」が極端に悪い。 しかも、現在の高校の教程では「線形変換」「空間図形」もなく、 「行列」というとやたらと「ガウスの消去法」みたいなこと (手元の東京書籍版では「掃き出し法」「消去法」となっている) だけを、 ほとんど「国公立大」志望の理系しか受講しないような数学Cで扱うのみである。 ちなみに岡山理科大の入試の科目に数学Cは (応用数学科を除いて) 無い。 (数学IIIがSB入試の「選択科目」で入っているのみである。)
     特異行列の性質と連立一次方程式の解の関係をやっておかないと、 ロボット・キネマティックス/ダイナミクスで特異な行列に出会ってしまったときに、 途方にくれてしまうだろう。
      4元の方程式を解かせるわけは、 (係数のテーブルにしない)筆算のままの Gauss の消去法(掃き出し法)が、 「クラメールの公式」「(中学で習う[1]×2-[3]×4みたいな)加減法」に比べて、 計算コスト、計算の見通しが良くなると経験的に感じているからである。

    デタラメな文部省とイイカゲンな中学・高校教師の尻拭いをしているのである。

  • マラリア、 日本脳炎、 西ナイル熱を抱えた蚊だったら立派に『蠱毒』になってたと思うワタシ(^^;;; それにしても 近所の用水路から 双翅目(なのかな?)の昆虫類が いまだにワヤワヤと湧いてくる。 生活排水が流れ込んだりとかしてるせいなのかなあ。
  • 学生の質問(簡単なコードをCで作成すること)に付き合う。
2004.10.17(日) 前日 当日 翌日 コメントする
  • [ふと思う]クラークの第三法則「十分に発達した技術は魔術と区別できない」は既に一部実現しているのではないか。 例えば携帯電話の操作は、 忍者が九字を切るのにも似ていて、 「操作」と「その結果」が その途中の「からくり」をほぼ全部すっ飛ばして じかに結びついている。 「呪文」を沢山覚えるだけで「事足れる」世界でもある。 (ここから話をどう 「社会全体が知的なあれこれに対する敬意を喪失している」 ことと結びつけようと思ったのか忘れた。)
2004.10.16(土) 前日 当日 翌日 コメントする
  • 一日休養モード。

    [かゆいかゆい] 昼寝をしていたら蚊に何箇所か刺されてしまった。 何でこんな時期にと思う。 もしや、これは…。

    [はじめてのおつかいと、ばかのかべ] 3時過ぎ。 天満屋ハッピータウンに「ひとりで、おつかい」に行く。 かいものリストとにらめっこをしながらカゴに品物を入れていく。 となりのオバちゃんは、 なっぱの束をとっかえ、 ひっかえ、 ためつ、 すがめつやっているのだが、 何に注目しているのかさっぱり分からない。 ホウレンソウとか良いかなと思っていたら、 (別の)オバちゃんが「高いわぁ」みたいなことをつぶやいたのでボツにする。 どうも値段の感覚がイマイチ分からない。 「データベース」も「ソフト」も無い状態ってのは、こんなものかと思う。 (言うまでも無いが、 先日の考察は「高校物理の勉強」に限らない、 人間の知性に関する一般論である。 一般論から出発して、 「高校物理教育」への応用をケーススタディしただけである。) どれがいいのかわからないので、 「(食用に供することができる部分の)体積・価格比」で商品を選択する。

    「〈壁〉のアホ・サイドからの眺め」ってこんなものかと思う 【この側からしか、おれ…】。 まぁ関心が無ければ〈壁〉の存在にも気が付きませんわな。

    [DVD鑑賞] モーツアルトの魔笛を観る。 何度観ても「ありえない(@若者語)」オハナシだと思う。

  • [研究] t-分布「みたいなもの」を見ているのかなぁ。
2004.10.15(金) 前日 当日 翌日 コメントする
  • 11時過ぎより、所用にて高梁市の吉備国際大学を訪問する。 その訪問の後、大学に戻り、教務課でいろいろと相談事にのってもらった。 スーツにネクタイ姿は、外回りの基本アイテムであると同時に、 学生に「今日は何かある」ことを言外に知らせるのに役に立つ。
  • [お見舞い] 発熱ちうとあるのだが、 計測間隔が6時間であると仮定して、 現在 37 + 0.6×(72時間)/(6時間) = 44.2度 でわないかとお察しする (朝日新聞の読みすぎかよ!)。 このままでは来年の今ごろは発電機のボイラーのようになつてしまわないかと心配である(平家物語かよ!)。 お大事に(^^;ゞ
    病人をからかって遊ぶ悪い子に仏罰が下らないかと心配である (心配のポイントが違ってるよ!)。
2004.10.14(木) 前日 当日 翌日 コメントする
  • H.C.R.2004に行った。 おそらく世界でも有数の福祉機器の大見本市である。
2004.10.13(水) 前日 当日 翌日 コメントする
  • [授業(第4週)] 福祉システム工学セミナー(前半第3回)
    変数の宣言について。
  • [愚痴] テレビを見たら腹が立ったので、 憂さを晴らすためにここに書く。

    奥さんが体調不良でここ数日、 仕事を休んでいる。 大事な身体なので養生して欲しいと願う(だったらもっと家事手伝え>自分)。 ところが仕事の性格上、 奥さんはとても人に気を遣うたちである。 自分の身の上の心配と仲間の負担増の心配とでジレンマに嵌っている。

    そんなときに七輪自殺のニュースが流れた。

    バカヤロー!
    こっちは未だ不完全な人ひとりの命を大事に思って、 気に病んで、 不安に耐えているのに、 てめえのイノチを粗末にするんじゃねー!

    イノチをアタマの中、 独りよがりのイメージの世界で処理しやがって!

    脳という情報処理器官の ごくごくごくごく一部の入出力の結果 (独りよがりのイメージの世界) に振り回されるままに 自分のイノチを扱うな!

    お前の「意識」なんてお前の「脳」全体の、 そして身体全体の活動のほんのごく一部に過ぎないんだ! てめえの「命」はてめえの「意識」の言いなりに扱っていいもんじゃないんだ!

    もちろんかつて書いた「理性がヘタったときのセーフティ・ネット」のことを忘れたわけじゃない。

    憂さ、怒りは多少は晴れたが、 原因が取り除かれたわけでない。

2004.10.12(火) 前日 当日 翌日 コメントする
  • ニュースは原油価格が最高値を記録したと報じた。
  • [授業(第3週)] 福祉システム工学実験II (第3回)
2004.10.11(月) 前日 当日 翌日 コメントする
  • 祝日。 はれ。 コードをちょっと書いてすごす。
  • 「学者」「教師」の立場からみると、 運動方程式を見て 「万物の運動はこの一つの式で言い表されるという素晴しいものなのだ。歓喜にうち震え涙し、神々の声を聞いたような、新しい自分に生まれ代わったような、そんな気に」 なれる人がちょっとうらやましい。
     自然科学、 科学技術は「目の前の現象を理解し」 「実際に動作する機器を作成し」てナンボである。 運動方程式を積分して、 得られた解と自然現象との対応を確認しながら、 自然現象の規則性、 法則性を理解してナンボである。
     そして運動方程式の積分は一般にとても難しい。 現実が運動方程式に従っていると分かっていても、 方程式を眺めただけで解の性質が分かるケースはあまりない。 コンピューターシミュレーションで強引に解いたとしても、 得られた計算結果から「規則性」を読み取るのがとても難しいケースもある。 「方程式」と「解」、 「解」と「現象」の深いギャップを感じるとき、 アインシュタインが言ったように 「神はとらえがたい(subtle)、でもイヂワル(malicious)ぢゃない」 と信じないとやってられない。
     でも「社会全体が知的なあれこれに対する敬意を喪失している」この時代、 例えば居酒屋で上司がクダ巻きながら部下に向かって 「運動方程式のすばらしさ」を説教している場面に出会ったら、 それはとてもとてもステキなことだろう。
2004.10.10(日) 前日 当日 翌日 コメントする
  • 日記書いて過ごす。 義母さんと義姉さんと姪っ子が来てくれた。
  • [scrap]硬軟取り混ぜて
    • ガチャピンチャレンジ[バンダイ] おおおおおおおっ!
    • 機動戦士ガチャピン ガチャピンチャレンジが凄いことに。
    • 「なんすか?それ」 [極私的脳戸 2004.10.9]
      曰く、「以前から、近年の若者の学力低下の背景には、「ゆとりの教育」がどーしたこーしたといった呑気な水準の話よりも、社会全体が知的なあれこれに対する敬意を喪失しているっていうでかい背景があるんじゃないのか、って云ってきた。」 (下線はあらきが付けた)
    • 地上最大のロボット(プルートゥ編) [漫研究室]
      例のコミックの原作のあらすじを忘れてたのでメモ代わりにスクラップ。
  • [省察] 「生きた知識」の本性について考察しよう。
    これは昨日のイチャモンの解題である。 自分が教育を進めていく上の覚書として記している。 以下の省察の流れに属すると考えている:

    ボクには「生きた知識」という表現を 「優れた問題解決能力」と読み替える習慣がある。 問題解決の条件として次の2項目が必要である:

    1. 状況を分析する能力
      高校物理の問題ならば、問題の設定を理解し、 その問題設定の解決のために必要な「公式」を参照する能力;
    2. 問題解決のための参照枠としての(百科事典的な)知識
      高校物理の問題ならば、運動方程式:ma=F1+F2+... [質量]×[加速度]=[運動因としての力 その1]+[運動因としての力 その2]…、 最大静止摩擦力の式:F=μN [最大静止摩擦力]=[静止摩擦係数]×[面にかかる垂直抗力], etc..
    これは比喩的に考えると、エキスパートシステムにおける 「ソフトウェアの本体」とそれが呼び出す「データベース」のようなものだ。 「できない子」に問題の解き方を教える方法を考える程度ならば、 この程度の「認識能力のモデル」で十分であり、 人間の知性は脳という器官でどのように生成されるか(という現在、 研究中)の知識まで踏み込む必要はない。 なぜなら「その子の状況の診断」と「治療の処方箋の提示」が主目的だから。

    では、このモデルを元に昨日抜書きした「質問」が発せられる状況を「診断」し、 「治療」を考えてみよう。 以下は、ボクが同様の質問を投げかけられたら、 どう身構えるかのシミュレーションである。

    「先生、この問題の解き方がわかりません」 「この問題を解くのにどの公式を当てはめればいいですか」の場合
    [診断]次の2ケースが考えられます:

    1. まったくの初学者(あるいは未履修者、「ソフト」も「データ」も無い人);
    2. 授業は受けたが「ソフトウェア」または「データベース」に欠損あり。
    ハッキリ言って「あたりまえ」の現象ですよね。 いろんな質問の間には程度の差しかない。 程度の差を「(学生の資)質」の差だという予断は持たないほうが良い。
    [注意] 初学者にとって授業は「ソフト」と「データ」のスクラッチ(初入力)です。 スクラッチがヘタクソだとバグ取りが大変になります。
    [治療] ケース1の場合、 授業(あるいは自習)の実施が必要です。
    [治療] ケース2の場合、 欠損の修復がメインになります。 ただし「教えて」はいけません。 なぜなら「教える」行為は学生にとっては「データ入力」の行為になります。 学生が必要とするものが「正確なデータ出力(の能力)」であることを忘れないで下さい。
     このような学生の質問に対して、まず始めに 「考えられる解き方を思いつく限り挙げなさい」 「知っている公式を思いつく限り挙げなさい」 と逆に質問をしましょう。 これは、 (1)学生の「出力」という行為を促すこと、 (2)学生の「出力」を見て「ソフト」「データ」の入力が、 どの程度きちんと出来ているかの目安を手に入れる という二点において重要です。
     「データ未入力」が確認された場合には、 データ入力を兼ねて、 解答をその場で提示するほうがベターでしょう。
     「データ」が入力されているにも関わらず出力がおかしい場合は、 「ソフト」のバグ取りが目標になります。 入出力関係の修復を試みましょう。 一方的に「教える」より、「解かせて、誤出力を矯正する」という態度が良い。

    「運動方程式の使い方がわかりません」の場合
    [処方]これは「ソフト」の入出力関係の問題です。
    「運動方程式の使い方」だけならば次の説明で十分でしょう:

    運動方程式は、まず(1)問題の対象が「動いて」いて、 (2)その「動き」が「等速直線運動」ではないという2条件を確認しましょう。 次に対象の「質量」「加速度」「力」のうち、 問題の条件から既知のものを片っ端から挙げましょう。 「力」は「2個の物体間」にはたらくので、 問題に現れる「物体」を確認しましょう。

    [注意] しかしながら、 この質問はときとして次のような質問を意味していることがあります:

    [例] 「運動方程式」を使うべき場合と、 「運動量、エネルギーの保存則」を使うべきときの区別がつきません

    このような「複数の公式間の関係」という 「公式の適用」に対してメタ・レベルにある問題が隠れている場合を 見逃してはいけません。 これはこれで深刻な質問です(状況に応じて対処する必要があります)。
     学生は基本的には「アタマが悪い」ので、 自分の置かれた状況をうまく整理し説明できません。 なぜなら良い質問をするためには、 (1)説明するための「読み書きの能力」、 (2)説明に必要な「語彙(物理の専門用語)」の二つの条件が必要だからです。 (どちらかが欠けているから「ワカラナイ」と質問に来ると想定すべきです。) うまく説明できるほどにアタマが整理されているとしたら、 その子は「アタマが良い」と予想されますし、 そうなら問題解決も早いでしょう。 というか、 そういう子は自力で問題を解決できます。 先生の出番は「ヒントを与える」くらいのもの。
     教師は「質問」と「質問の趣旨」が食い違っていることを予想して、 質問に対処しなくてはなりません。 「良い質問」が本来の趣旨から発せられているとは限らないのです。 予断を持ってはいけません。

    「運動方程式がわかりません」の場合
    正直言って、こんな質問をしてくる学生がいたら、ボクは「引いて」しまいます。 なぜなら質問をする子は「問題を抱えて」いるはずなのですが、 その「問題」をいきなり抽象度の高い語彙にくるんでぶつけてくるからです。

    はっきり言って「運動方程式」が何なのか僕にも分かりません。
     物体の運動の様子を定量的に評価するための良い「処方箋」、 物体の運動の様子を理解するための「現象のモデル」であるとは思います。 他にもあるでしょう。 でも最大の強みは 「運動方程式は何であるか」の「何」が一意に決まらないところにある …ような気がします。
     実は古典力学の体系の中で「運動方程式」が概念的に何を表現しているのかは、 一義的に決まっていません。 「質量」を決定する式ともみなせるし、 「力」を決定する式ともみなせる。 そのへんの事情については 山本、中村『解析力学I』(朝倉書店) の第1章の冒頭にコメントしてあります。

    [ケース1]本当は具体的に与えられた問題が解けない場合。
    上に書いたような処方がうまく行くでしょう。
     抽象度の高い語彙で質問をする場合、 大抵は具体的な目の前の問題を順序立てて整理することが出来ていない場合が多いです。 これは「こども」に限った話ではなく、 例えば「会社の会議」、 「大学の教授会」や「国会」が建前だらけの抽象論に陥るときもそうです。

    [ケース2] 「運動方程式とは何か」と真剣に問うている場合。
    これはヤバイです。 こんな学問的に価値の無い問いは立ててはいけない。 この子はこのままでは 「量子力学の哲学的基礎」とか 「アインシュタインは間違っている」とか、 自然科学の本来の趣旨とはかけ離れた衒学的な世界に埋没するかもしれません (^^;
     物理学は自然現象を理解するためにあります。 ですから、 運動方程式を積分して「台風が生成する条件は何か」とか、 「レーザー発振はどういう条件を整えれば起こるのか」 といった具体的な事柄を理解することが大切になります。
     生徒の目の前にあるものが「(当人にとっては不思議な現実の)自然現象」ではなく、 「単純化された高校物理の問題」だった場合、 「運動方程式とは何か」と問い始めるのは危険な兆候です(^^;

    では、このような問いを立ててしまう原因は何か? それは単純化された設定の「高校物理の問題」には四則演算しか現れないので、 数学に比べてムズカシイコトに没頭するチャンスがありません。 ヒマなのです。 それに加えて

    ヒトはアイデンティティの形成途上で、 「私とは誰か(何者か)」 「生きている意味、根拠はあるのか」 といった、 自分と世界の存立の「根拠」についてむやみやたらに問いを発してしまう

    傾向があります。 わたしもそうでした。 「物理学は普遍的な法則を学ぶのだ」みたいな大上段に構えたことを 迂闊に吹聴していると、 思春期にあるヒトは速攻で「自然法則の根拠」への問いを 我流で組み立ててしまいます。 これにはこう答えるしかありません: 「そのコタエは自分で見つけるものだよ。 みんなそうやってオトナになっていくんだ。」

    能力の低い教師が典型的にはまる罠とは
    以上の「診断」はハッキリ言って「言葉尻を捉えた下品な揚げ足取り」です。 このコラムに記された仮想的な「生徒の質問とそのレベル」が、 この著者の考える「知識のあるべき姿」、 著者の理想の表現にすぎないことも明らかです。 しかしこの仮想的な「生徒の質問」の表現には教育を実践する立場から考えると 看過できない問題が典型的に現れているとも感じます。
     僕の考える「教師の陥る罠」とは

    • 自分自身は科目の内容を全部ひととおり知った上で
      (自分には「データ」「ソフト」のセットが半端にせよある状態で)
    • それを教育するという立場に立ったときに
      (他者に「データ」「ソフト」をスクラッチし、 「ソフト」が正しい入出力をなすように調整しなくてはいけないときに)
    • 初学者の持つ「無知」という条件の持つ意味を無視して
      (「データ」「ソフト」の形成の状態を把握することをすっ飛ばして)
    • やたらに「(事項の)本質」「基本的概念」といった、 抽象度の高い部分、 一般的な部分から教えたがるし、
      (「ソフト」が正しい入出力の繰り返しによる学習の後で初めて獲得するような 「内部表現」をいきなり書き込みにかかったりとか、)
    • 「(事項の)本質」に沿った質問を「良い質問」とみなす
      (「ソフト」が正しい入出力関係を獲得した後にしか発することのできない 「状況が分析、整理された質問」に価値を置く)
    という、 「バカ」を「賢く」するという教師の本来的職務から考えれば、 「仕事がほとんど済んだ状態」を理想に掲げて、 現実を眺めてしまっていることです。 この手のトンチンカンな勘違いにはまる大学教員は多いと日頃から感じています。 ムカシはそれでも良かったのかもしれませんが、、、。

2004.10.9(土) 前日 当日 翌日 コメントする
  • 新潟の友人に久々に会う。うれしい。
    散髪に行く。 スッキリ。
  • [授業(第3週,祝日の代講日)] 定例卒研報告会。福祉システム工学演習(第3回)

    演習の答案を採点してつくづく思う: 愚痴はこぼすだけバカである。 解決策を考えよ。 そんなときこんな「先生の愚痴」を読むと腹が立つ:

    生徒は「先生、この問題の解き方がわかりません」と聞きに来るようになる。本来なら「運動方程式がわかりません」と聞きに来なくてはならないはずだ。あるいは「運動方程式の使い方がわかりません」という質問ならまだ見込みがある。「この問題を解くのにどの公式を当てはめればいいですか」などという質問は絶望的だ。 (出典:ゆとり教育とは何か)

    もちろんこの文言をこのページ全体の文脈から切り離して取り上げるのは、 出典となったページの趣旨に反することであることを、ボクは承知している。 しかし、 このような「学生は質問の仕方がなっていない」というタイプの愚痴は能力の低い「教師」が典型的にはまる罠であるように、 つねづね感じていたので取り上げた。 (同僚諸氏の酒の席の愚痴で似たようなことをよく耳にするのだ。)

    「罠」の分析は連休中に書いて、火曜日には出そう。

     ボクは学生が同様の質問をしてきたら、まずこう考えることにしている: 「この子をこれまでに教えてきた教師がまず第一に悪い。 ハッキリ言ってヘタクソである。 それが自分なら自分が悪い。」 (この点については出典の著者と意見を同じくしていると思う。)
     教師は「バカ」を「賢く」してナンボの商売である。 学生の態度を見て「絶望的だ」なんて言っちゃいけない。

    、、、というわけで今朝もまた採点済の答案を目の前にして、 自己嫌悪に陥っているのであった。

2004.10.8(金) 前日 当日 翌日 コメントする
  • [授業(第3週)] シミュレーション設計学II (第3回)
    振り子の線形安定性の計算。 固有値と解のグラフの概形の関係。 線形化した式と行列の関係。 宿題:行列の固有値、固有ベクトルの計算。
  • [逆・不気味の谷] 学生(とりわけ新入生)と話をしていて、 非常にリアクションが悪いときがある。 話をしているのに相手の表情を見ようとしないとか、 質問を投げかけても反応に奇妙なタイムラグがあるとか。 消極的な感じの子に多い。 成績の良し悪しとの相関は全く無いような感じである。 「マネキンのような」と言いたくなる何かである。 それが何なのか良く分からない。 発達障害、認知障害とも異なっている。
     「不気味の谷」は「ロボット」側から「人間」側へと 「何かパラメーターっぽいもの」を変化させているのだが、 その逆のパラメーター変化をさせるほうにも同じように「谷」があるような気がする。 「谷」の向こうに「発達障害」等を配置するのは道徳的に問題かもしれないが、 ある程度、器質的な原因があるのならば、 それはそれで「ヘンなリアクション」にも納得が行く。
     不気味である。(でも、向き合わねばならない。)
2004.10.7(木) 前日 当日 翌日 コメントする
  • とても良い天気。 空を見上げて思う。
    空、飛びたい…(ToT)
    「飛んで逃げたい」という意味ではない、念のため(^^;ゞ
  • [(授業)] ユニバーサルデザインIIの講義の録音を聞きながら、 講義の流れをおさらいして、 テープ起こしの分担を決めた。
  • [scraps]
    • アトキンズ・ダイエット [渡辺千賀さんのblog Aug. 31, 2004]
      「医学都市伝説」2004年3月 で取り上げられていて、 ツッコミどころが少ない方法らしいというところまでは知っていた。 合州国ではいま大流行らしい(どうやら、この国らしいバカバカしさで)。 いろんな弊害とかのレビューがそのうち出るんだろうなあ。
    • 「不気味の谷」は果たして「谷」なのか? [OxOa]
      曰く『「人工物の人らしさ」と「人間の人らしさ」はそもそも同じ軸に乗るものなのか,比較可能なものなのかというところから疑問なのである.』 この態度は学ぶべき/忘れてはいけないと思った。
       さて、この話を読んだときに 「(実際に使われている最中の)装飾義手を見たときに一瞬ドキッとしてしまう」 という自分の反応を思い出した。 同列に論じることの出来る対象かどうかはよく分からないが、 なんとなく似ているのではないかと思った。 なにか「コンテクスト」と呼びたくなるものがあって、 そいつが破られる居心地の悪さみたいなものなのかとも思う。 まぁ装飾義手がずらっと机の上に並べてあったりとか、 マネキンの部品が無造作に箱に詰められていたりとかしてると、 なんとなく不気味なこころもちになってしまう。
2004.10.6(水) 前日 当日 翌日 コメントする
  • [授業(第3週)] 福祉システム工学セミナー(前半第2回)
    PCの基本構造(中央処理装置、主記憶装置、、、、)の簡単なレクチャー。 ファイル名、拡張子のルール。コンパイルとは。
  • 自宅で考え事をして午前を過ごしたが、 大した考えもまとまらなかった。 たいへんよろしくない。 ノートPCのデータのバックアップをした。 電子メール、講義関連、研究関連のものをフォルダごとコピー。 午前中のもっとも有意義な作業はこれだな。
  • すけのすけ君(仮称)は順調に巨大化している。
    「すけ」、、、「さぬきのすけ」とか「ないしのすけ」とよばれたひともいる。
    [調べたので追記] 「ないしのすけ(典侍)」は宮中の職階名、 「さぬきのすけ(讃岐典侍)」は典侍であった藤原長子のあだ名。

    すけのすけよ母を労われよ、、、というか、奥さんしっかり仕事をしている。 今夜もおしごと。 タフな業種である。 最近、 良く寝るようになった。 ボクがやってる家事は皿洗いくらいなので、 頭が下がる思いである。

  • Nature ってあざといことをすることもあるのか、、、。
  • 仕事の段取りを同僚と話し合った。 締め切りを再来週に設定した。 ほうれんそうは大事である。
2004.10.5(火) 前日 当日 翌日 コメントする
  • [授業(第2週)] 福祉システム工学実験II (第2回)
    実験のデータ整理。
    (3コマ目、プログラミング演習のTA)
  • パソコンの苦情1件。 Cドラ満杯。 そりゃ動かん! とりあえず今日の実験(某先生担当分)のデータ処理は、 生データのテキストファイルをCSVに書き換えてから処理するようにと伝えた。
  • コラム:「問題」の問題 [iwatamの何でもコラム <- void GraphicWizardsLair(void) <- あけてくれ]
    例の津村さんとこが震源地になった数学の問題ですね。
    コラムに曰く、 「しかし、一つお願いだ。本当の中学生にこの問題を解かせないでほしい。この問題はあくまでパズルであり、本当の数学の問題ではない。こういう問題しか出さないから、子供は数学をパズルだと勘違いする。そしてこういう問題は面白いから、この面白さを数学の面白さだと勘違いする。それが良くないのだ。」
     この「いちゃもん」は半分はまっとうで妥当で真摯なものだが、 半分は的外れである。 いろいろなレベルの問題をゴチャマゼにして議論しているのも問題だが、 最悪の問題点は著者の考え方がものごとの一面を強調しすぎることであろう。
     物事には必ず「良い面」と「悪い面」がある。 「パズル」には「パズルの役割」があり、「良い面」がある、 答えがあるという信頼感に寄りかかって力任せにのめり込むことができ、 試行錯誤の良い練習になるのである。 逆に「問題に答えがあるのか無いのか分からない」状態は不安なものであり、 粘り強く考え抜こうとする努力を放棄しやすいものである。 「そこそこの難しさ」というものは「努力」の練習になるものだ。 また「パズル」は脳に報酬を与え、 「知る喜び」を覚えさせるのにお手軽で効果的である。
     最後の「何がわからないのか、何を知ればいいのかを認識してから初めて必要な知識を教えるべきだ。」 という主張もちょっとヘンだ。 というのも「何が」分からないのかを認識できたということは、 対象を理解するための背景的な予備知識を既に学んでおり、 あとはその概念を問題にあわせてシャープにして、 解決の手段にいかに結びつけるか考えればよいという状況である。
     ほんとうに問題に立ち向かうとき、 解決に対する一番の敵は 「硬い発想に囚われてしまい、 他の可能性に対する目が塞がれてしまうこと」 だとボクは思う。
2004.10.4(月) 前日 当日 翌日 コメントする
  • [授業(第2週)]定例卒研報告会。福祉システム工学演習(第2回)

    演習の宿題の答案を採点して思うのだが、 数学はコミュニケーション能力を前提として成り立っている。 きちんと「読者」 (これは「先生」を必ずしも意味しない) を意識して整理された文章で書いて欲しいと思う。 読者に解読を要求するような文書は止めて欲しい。 …とは思うのだが、 他人を説得するためのきちんとした文章を書くトレーニングなんて、 やってきてはいないんだろうなあ。

  • [scrap] 消えゆく反抗期 中学生の8割「親子円満」? 精神的自立の危機指摘も [Yahoo/産経]
    [感想] 多分、 親が「親」になっていない結果だと思う。 9.27 に書いた〈劇薬〉説教をすると、 はじめて大変な状況に自分があるのだと意識する学生がいる。
2004.10.3(日) 前日 当日 翌日 コメントする
  • [「ネタ記事」続論] これって論文通した査読者誰なんだ? Editorial board が査読抜きで掲載判断とかしたのか?
    A. J. TATEM, C. A. GUERRA, P. M. ATKINSON, and S. I. HAY, Athletics: Momentous sprint at the 2156 Olympics?, Nature, Vol.431, p.525 (30 September 2004).
    First paragraph of this article says:
    The 2004 Olympic women's 100-metre sprint champion, Yuliya Nesterenko, is assured of fame and fortune. But we show here that --- if current trends continue --- it is the winner of the event in the 2156 Olympics whose name will be etched in sporting history forever, because this may be the first occasion on which the race is won in a faster time than the men's event.
    supplementary information を読んでも『冗談』としか思えない。 かつてこんな会話をして後輩をからかったことを思い出した。
    「先輩、 このデータに会いそうな関数形って何ですかね?」 「データが100個あるなら99次関数を使えば、 データがどんぴしゃに乗るグラフを描けるよ」

    (注:まだ本文を全部読んではいない状態で以下の「とばし」を書く。)
    正直言って最初、「朝日のバカ記者が勘違い記事を出した」と思っていた。 朝日ではないがロケットの打ち上げ記事の 'blast off' を「大爆発」と訳した例とか見ているので、 全国紙系の科学部の記者の書いた記事は眉に唾をつけて見るようにしていたのだ。 (いやそれは「眉に唾をつける」態度ではなく 「端からウソだと思っている」態度だろう>自分)
     現在の仮説: Nature が権威ある科学誌にあるまじきボケをかました。 (「ネタ」というと人を担ぐ悪意があるので「ボケ」とする。) 常識の無い朝日の記者が「ガイコクの権威ある雑誌」に載ったという理由だけで、 記事の受け売りをやった。

    目次を見れば分かると思うが、 これ以外にも報道に値しそうな興味深い論文はいくらでもある。 なんでよりによってこの論文なわけ?>朝日

  • [読書] 浦沢直樹, 『PLUTO』 第1巻読了。
    「地上最大のロボット」が浦沢味のサスペンス・ドラマになってしまっている。 ボクは鉄腕アトムを小学校の時にサンコミックス版で全巻読んだ(けど、 ほとんど覚えてない)。 PLUTOの連載も時々立ち読みしている(ゴメンナサイ)。 連載の方ではリアル御茶の水博士とかリアル田鷲警部、 リアル犬型パトカーも既に出ている。 リアルアトムの描きかたが 「賢明でクールで大人びた感じがちょっと嫌味なコドモ」 になっているのだが、 なんとなく納得させられてしまう(が、 この巻の話ではない)。

  • [省察] 『上司は思いつきで…』には著者が触れていない事項が一つある。 それは「なぜ会社は大きくならなくてはいけないのか」という事の理由である。 なぜそれに触れないのか、 ボクにはとても不気味に感じられる。
     個々の会社が大きくならざるを得ない原因は、 究極には「借りたお金に利子を付けて返さなくてはならない」からである。 「おカネ」には「自発的に増える」という性質があるのである。 利子を付けて払う分だけ、 必ず〈モノ〉を生産して儲けを出さないといけない。 全体としてみれば、 「帳簿上のおカネの総額」が増えた分だけ、 「生産された〈モノ〉の総量」もそれに見合おうとする分だけ増えなくてはならない。 その結果として資源を食い漁り、 環境に負荷をかけてしまう。
     20世紀の最後の4半世紀以降、 「おカネ」はガン化してしまった。 つまり金(きん, Au)という物質的裏づけを失ったことで、 イメージの世界に住まう〈モノ〉、 すなわち「単なる帳簿上の額面」になりきってしまい、 その増殖に対して歯止めをかける天然資源(Au)に基づく制約が無くなったのである。 [追記10.9]…と思ったのだが、お化けのように際限無く増殖する「おかね」の総量に、 金(きん)というマテリアルの総量が追いつかなくなっただけか。
     地上の資源が有限である以上、 指数関数的に増殖するおカネの総量が〈モノ〉の総量と釣り合わなくなってしまい、 おカネが機能不全に陥る点が出てくる。 (それが局所的に出現したのが「バブルとその崩壊」なのであろう。) おカネが「〈〉と交換できる」という性質をキープしたまま、 イメージの世界で増殖を際限無く繰り返す限り、 これは避けられない。
     これを解決する方法はいくつか存在する。 一つ目はミヒャエル・エンデ シルビオ・ゲゼル流に、 おカネが時間と共に朽ち果てるようにすること。 そうすれば「年老いたおカネ」が風化してしまって総量の際限ない増加が防げる。 二つ目はおカネの総額と〈モノ〉の総額が釣り合うように、 歴史上のある瞬間に、 いっせのせでおカネの額面を書き換えてしまうこと。 三つ目は、 イメージの世界に住まう「おカネ」をイメージの世界に封じ込めること。 すなわちおカネのある一定額を〈イメージの世界のモノ〉との交換に限定してしまい、 〈(天然資源と結びついた)物〉の世界への流出を防ぐこと。 四つ目以降はいまのところ思いつかない。
     いずれの方法をとってもロクなことはない。 なんらかのカタストロフが伴う。

    アタマの悪い物理学者でも、これくらいのことは想像できる。

2004.10.2(土) 前日 当日 翌日 コメントする
  • [授業(第2週,台風代講)] 福祉システム工学セミナー(前半第1回)
  • Will Gadd Fly over Grand Canyon [AEROTACT] (日本語のページです)
    パラグライダーでグランドキャニオンを横断したらしい。 すげえ。 腕前とグライダーの性能の両方が無いと実現できないのは言うまでも無い。 パラグライダーにはエンジンはないので、 「上昇気流を捕まえて高度を稼ぐ===>グライドして遠くに移動する」 ということを繰り返さないといけないのです。
  • 昨日の会議は長かった。

    しかし、同僚諸氏に「たてまえ」の方が先に口をついて出る思考習慣があるのは、 何故なのだろうか? 現実は「事実」から成り立っているし、 現実の変化は「新しい事実」を生み出すことから生じるのだし、 音声のような「空気振動」(別名:愚痴、建前)には、 事実を生み出す能力はないのになあ。

    それともボクが塩野『ユリウス・カエサル』, 堺屋『欣求楽市』, 井沢『逆説の日本史』, 橋本『上司は思いつきで…』のような 「軍記物」の読み過ぎなのであろうか?

  • 橋本治著, 『上司は思いつきでものを言う』より引用
    会社に代表される日本の組織は、 「その事実はみんな薄々実感してはいるが、 公式見解としてはその事実を認めない」という、 不思議にしてややこしい性格を有するところなのです。 (上掲書 p.56)
    「会社に代表される日本の組織」は「官僚的な組織」の言いかえなので、 別に日本に限った話ではないだろうが、 毎日実感している。 これは打ち破らねばならない壁なのだが、 ボクは大上段に構えないようにしたいと思っている。 そのキモチは 2001.12.9 に書いたときとあまり変わっていない。
2004.10.1(金) 前日 当日 翌日 コメントする
  • [scrap] 車いす探訪記 [岡山理大、荒木研究室、UD班]
    ユニバーサルデザイン班の学生が車いすに乗って市内を移動してみた体験記。
  • [大藁] 2156年五輪の100m最速は女性? 英科学者予測 [asahi.com <- 今日のてくてく]
    グールドを引き合いに出すまでも無いでしょう。 いわゆるネタ記事なのでしょう。 思わずX51.org にリンクが張ってあるのかと思ってしまいました。 グラフが藁えます。

  • [授業(第2週)] シミュレーション設計学II (第2回)
    安定・不安定の定義。 具体的な計算。 来週はその計算の続き。
  • 新任の先生の紹介があった。
  • 「上司は思いつきでものを言う」読了。
    日本型会社組織を理解するための荒削りなモデルの提示がなされていた。 「日本人論」の著作の系譜に入る本だと思った。 理解しやすい物語を伴ったモデルの提示は有効だと思った。 このようなモデルがあるのは有難い。 会議などに臨むときに、 いい意味での思考の節約になるからである。
  • [2005.2.28記]乳が初めてちょっと出たとの報告アリ。次第次第に母になる。

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